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エストニアの最新医療系スタートアップ事情~HIV感染を早期発見!総合診療医を助けるAI診断支援システム~

2019.03.09

エストニアから見る開業医の未来の働き方とは

電子国家として日本でもその名を知られるようになってきたエストニアは、バルト三国の一国でありながらその文化や言語は北欧フィンランドに近いという独特なポジションを持つ人口130万人の小国です。
エストニアはヨーロッパのシリコンバレーを自負するほど実はスタートアップが多く輩出されている国であることをご存知でしょうか。有名所ではSkypeとTransferwiseが挙げられます。もちろん医療系スタートアップも例外ではありません。
今回は、その中で今最も注目を集めていると言っても過言ではない1社をご紹介します。

HIV感染を早期発見!総合診療医を助けるAI診断支援システム

ご紹介するのはDiagnostic match。2017年にエストニアで創業されたばかりの企業です。Diagnostic matchはHIV感染の診断を支援するシステムを開発しました。
エストニアではGP(総合診療医)の仕組みが浸透しているため、具合が悪くなった場合まず専門医ではなくGPに診てもらうことが一般的です。GPが診断時にHIV陽性のリスクがある患者を見逃さないよう手助けをすることがこのシステムの目的で、システムが患者の病歴や検査結果を、機械学習アルゴリズムを用いて自動解析し、HIV感染のリスクがあると判断した場合にはGPの見ているデスクトップにHIV検査を行うよう通知します。最終的にはGPがHIV検査を行うかどうか判断します。
Diagnostic matchの創業者であり最高経営責任者でもある20代の女性は米経済誌ForbesのForbes 30 under 30 in Science and Healthcare 2019部門にて紹介されました。
なぜこの企業が今そこまで注目されているのでしょうか。医療機関側から積極的にHIV潜在患者にアプローチするというアイディアがヨーロッパでは新しい発想ということもあります。ただ他にも理由はありそうです。もう少し詳しく理由を紐解いてみましょう。

ニーズの的確な把握とスピーディーな実行が鍵

エストニアで最も問題となっている疾患の1つがHIVです。その罹患率はヨーロッパ1位で、公になっている症例数は氷山の一角に過ぎず実際にはより多くのHIV感染者が隠れていると言われています。エストニアにHIV患者が多いことは国内で広く知られているため、GPを定期的に訪れる習慣も既に根付いています。それにも関わらずHIV診断の実施率はとても低く、結果としてエイズ発症後に初めてHIV感染が明らかになる例が後を立ちません。この国として解決したい問題に、Diagnostic matchが誰よりも早く目を付けたのは勝算の一因と考えられています。
Diagnostic matchは現場レベルの問題点も見つけています。HIVの診断ガイドラインに着目した結果、HIV検査を考慮すべき臨床状況が非常に多く複雑であるためGPが診断中に検査の要否を特定することが難しいという事実に気付いたのです。そこからさらに踏み込み、GPの行動を観察したところ、病歴の要約を読んで診断のリサーチをする必要があるため、検査の要否を判断するまでに時間がかかっていることもわかりました。
ペーパーレス化が進んでいるといわれるエストニアでも実際の医療現場ではまだ文書が使われる場面も多いようです。この時間を一瞬にするにはどうすればよいのか。こういった現場の視点からシステムが開発されました。さらに、エストニアにおいてHIVはまだ偏見の目で見られることがあるためHIV検査を患者にすすめる際には非常に神経を使うといいます。診断中に見ている画面上でシステムが自動的に検査をすすめるという方法はGPの心理的負担を減らすという配慮からも有益であるとDiagnostic matchは考えたのです。
このシステムは発案後、アジャイル開発(短期間でリリースし改良を重ねる方法)を用いて9か月間で実用可能な段階まで完成しました。機械学習による診断支援システムとしては驚くべき早さです。現在は臨床試験として複数の医療機関の協力を得て実際に臨床現場で使われている10万人の患者データを解析しています。HIV関連システムの臨床試験はエストニア初ということでこちらも注目される要素の1つです。

身近な医療系ハッカソン

Diagnostic match躍進の裏にはハッカソンの存在があります。ハッカソンとはエンジニアやデザイナー等が集まり世の中にある課題を解決するために短期間で集中して共同開発を行うイベントのことです。投資家の審査により優勝したグループには賞金が贈られます。一般的にはIT分野で身近ですが、エストニアでは医療系ハッカソンも多く開催されています。事実、Diagnostic matchもエストニアの高いHIV罹患率を改善するためのアイディアを持ち寄るHIVハッカソンで受賞したことが開発加速の大きなきっかけとなっています。
ハッカソンは主にFacebookから誰でも簡単に無料で申し込むことができます。医療従事者に限らずエンジニア、学生、はたまた患者自身等様々なバックグラウンドを持った参加者が集います。Diagnostic matchの創業者も、もともと医療従事者ではありません。このような環境を提供されることで自然と現場や個人レベルのニーズを掴むことができたのかもしれません。また、エストニアの公用語はエストニア語ですがハッカソンは英語で開催されるものがほとんどです。仮にエストニア語開催のものであっても1人でも理解できない参加者がいる場合には英語に切り替えられるといった非常に柔軟な対応がなされています。このようなオープンな環境で新たなアイディアが生まれるのは当然とも思えます。

まとめ

医療×ITの流れは今後日本でもますます身近なものとなっていくことは間違いありません。開業医という立場でこの新たな流れにのるためには、異分野と共同できる環境に身を置くこと、そして国、現場、個人レベルでのニーズをいち早く見つけていち早く行動に移し結果を分析しながら改善を続けることが重要です。未来の働き方を先取りする第一歩としてまずは医療従事者以外の人々と積極的にお話してみるのはいかがでしょうか。

【参照】
http://www.diagnosticmatch.com/

執筆者:DR’S WEALTH MEDIA編集部
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