ファイナンス

『2030年ジャック・アタリの未来予測』から読み取れる2030年医療業界のトレンド

2020.08.30

利己的な利他主義と合理的な利己主義~これからの世界に必要なもの~

『2030年ジャック・アタリの未来予測』は、ミッテラン仏大統領の顧問や欧州復興開発銀行の総裁などをつとめた経済学者・思想家のジャック・アタリ氏が、2017年6月に出版した書籍です。この書籍では、『2030年以前に治療法のわからない新型ウイルスが発生する』と、まさに今の状況を予測しています。
「不確実な世の中をサバイブせよ!」というサブタイトルがついているように、この書籍から、明るい展望と脅威を知る術や、最悪な事態を回避する方法を学ぶことも可能です。アタリ氏は、ポジティブ思考(うまくやれば勝てるという考え方)は、観客の立場からただチームの勝利を願うオプティミズム(楽観主義)とは根本的に違うと言っています。今回は、この書籍の中から医療について書かれた部分をピックアップし、ジャック・アタリ氏が新型コロナウイルスの流行後に語ったことや、ジャック・アタリ氏が一貫して主張している利他主義に関する内容とあわせてお伝えします。

<現時点での世界の医療状況について>

この書籍によると、2015年、北アメリカ地域では4,400万以上の処方箋がダウンロードされたそうです。2015年、ヨーロッパ53ヶ国の内、31ヶ国に電子カルテシステムが配備されていて、38ヶ国では、一部の患者を対象とする重要な生体データを遠隔モニタリングするシステムが配備されています。
2015年にイギリスで行なわれた6,200人の患者を対象にした遠隔診療の効果に関する調査 では、遠隔診療によって医療費は8%、入院日数は14%、死亡率は45%削減されたこと が明らかになりました。逆に、医療サービスの乏しい国での人口爆発や中国・ブラジルでの高齢化のスピードの速さ、アメリカ・アイルランドなどでの平均寿命の延びの鈍化などの懸念材料も挙げられています。

<医療関連で2030年までに予測されていること>

次に、この書籍で紹介されている2030年までの予測と現時点までに実際に起こったことをご紹介しましょう。

・3Dプリンターが家庭にまで普及し、世界市場は2013年の30億ドルから2025年には152億になる予定で、3Dプリンターで臓器も作成できるようになる。

→2019年4月にはイスラエルの研究チームが心臓を3Dプリンターで出力することに成功。2019年8月時点で、米カーネギーメロン大学では、「FRESH 2」と呼ばれる3Dバイオプリント技術で、「コラーゲン」からヒトの心臓を構成する部位の作製に成功しています。
国内でも、2019年11月、ベンチャー企業・サイフューズが、佐賀大学と共同でバイオ3Dプリンター製の「細胞製人工血管」をヒトに移植する世界初の臨床試験をスタート。今後は、脳死の方などからの臓器移植でなく、3Dプリンター製の臓器移植が増えていくでしょう。
臓器だけでなく、2020年3月27日には、SNS上で「COVIDVENTILATOR(コーヴィッドベンチレーター)」という、3Dプリンターを活用した人工呼吸器の実用化に向けた実証実験も始まっています。

・2030年、セマンティック・ウェブにより、検索エンジンと自然言語で会話できるように。人工知能とセマンティック・ウェブを組み合わせることで、自動翻訳も可能になるため、世界中の専門家の意見を聞くことができるようになる。

→現在のウェブ検索では、入力したキーワードやそのキーワードの類語に関連したWebサイトが検索結果に表示されています。そのため、自分が思っていたのとは違ったWebサイトが上位に表示されるケースも多いかもしれません。
しかし、オントロジーを導入することで、文章全体が1つのデータとして扱われるので、より精度の高い検索をすることが可能になります。オントロジーとは、概念を定義する辞書のようなものです。国内でも、2016年の段階で医療関係や生命科学分野のオントロジーの開発が進められています。

・2030年、ゲノミクス、遺伝子治療技術、バイオテクノロジーは、世界のGDPの2.7%を占める。幹細胞(iPS細胞やES細胞、成体幹細胞など)を用い、生体組織や臓器を再生可能に。クローン人間に関する研究が進み、不死の追及に繋がる。

→2020年7月3日の産経新聞・山中伸弥氏の記事によると、「iPS細胞は肺、心臓、腎臓、血管細胞など、新型コロナが感染する細胞を作り出すことができる」と書かれていました。
上記以外にも、この書籍には、
・遠隔医療が発達し、インターネットに接続された薬箱により忘れずに服薬できる。指示に従わない時は、医師と保険会社に通報される。
→2017年に、凸版印刷とデンソーウェーブがICタグ薬包とIoT薬箱を共同開発済です。
・ナノテクノロジーによって異常は分子レベルで正確に検知できる。
・超高感度センサーによってがんの早期治療が可能になる。
・fMRIや脳波図の技術進歩により、感情の仕組みが解明され、さらには人工的に感情を呼び起こすことができるようになる。
・手術施設には、迅速かつ確実で低侵襲な手術を提供するために、数多くの手術用ロボットが設置される。
・ゲノム薬理学により、患者個人の遺伝的特性に合わせた薬物治療が実現する。
・アルツハイマー型認知症は治る病気になりつつある。
・医療は予防医学や公衆衛生を犠牲にして、個人の健康を守る役割を担うようになる。
などといった多くの予想が記されています。

<ジャック・アタリ氏が提唱する利他主義とは?>

ジャック・アタリ氏は、他者の利益を願うことが自分の利益にもつながる利他主義という
概念を広めようとしています。日本のことわざ「情けは人のためならず」に似た発想です。
利他主義について、医療業界の例を挙げると、自身の病院の専門分野でない患者が来た際に、知り合いの専門医を紹介することで、その時には自分の利益にはならなくても、その医師と患者の喜びや利益に繋がり、後々、自身の得意分野の紹介に繋がるなど、他者に利益提供をすることが将来的に自身の利益につながった話はしばしば耳にします。
現在ならば、新型コロナウイルスの治療法を世界中で共有することが、自分たちの国を守ることにつながるというような発想です。
NHKで放送された『BS1スペシャル 「欲望の資本主義2020スピンオフ ジャック・アタリ 大いに語る』では、
最適な資本主義の形態は家族経営です。
なぜなら、家族経営の場合、今日のオーナーが会社を孫に継がせるべく将来世代のことを考えるからです。
会社を長く存続させるべく、長期的な利益を考慮するのです。
1つの会社から次の会社へと渡り歩き、会社の将来を心から考えていない重役とは違います。
という発言をしていました。この件を病院にあてはめると、目の前の利益だけでなく、自分の家族や将来の世代のことを考えながら利他主義で経営することが、結果的に病院の利益につながっていく、ということではないでしょうか。

<新型コロナウイルスの流行後にジャック・アタリ氏が語ったこと>

最後に、ジャック・アタリ氏が新型コロナウイルスの流行後に発言した言葉の概要をご紹介します。
ジャック・アタリ氏は、新型コロナウイルスの流行によって、健康、食品、衛生、デジタル、物流、クリーンエネルギー、教育、文化、研究など、私たちの命を守る分野の経済価値の高さを実感したようです。これらの分野は、各国の国内総生産(GDP)の5~6割を占めますが、今回をきっかけとして、その割合を高めたほうが良い、と語っています。
また、疫病の流行は支配者層が変わるきっかけにもなるようで、18世紀末には医師が警察にとって代わり、科学の精神が優位に立つようになりました。今回のコロナ危機では利他主義で『生命を守る産業』が確実に勝者となるでしょう、とアタリ氏は語っています。
例えば、マスク作りが未経験ながら、人々の要望の高さを知って、マスクを作り始めた会社や、新型コロナウイルスの患者さんを宿泊させたホテルなどが、これに該当するとも考えられます。
さらに、アタリ氏は、自然も世界の真の支配者になる可能性があるので、人類は人知を超えた存在を畏れ、人間だけに限らず、現在と未来の人々を含めた、生きとし生けるものへの利他主義を実践するべき、と語っています。そうすれば、人類は感動に満ちた冒険を堪能できるはずだと。

<まとめ>

ジャック・アタリ氏は、どのような対策をとれば良いかという具体的な方法は示していませんが、近い未来に登場する技術や発生する可能性が高いリスクをあらかじめ知っておくことは、今後の医院の運営方針を考える上で非常に役に立つのではないでしょうか。

執筆者:DR’S WEALTH MEDIA編集部
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