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高い理想と現実的な方法、間違いを論理的に指摘

2018.07.18

石橋湛山に学ぶ経営論

1945年に終戦を迎え、戦後復興期の日本に石橋湛山(たんざん)という首相がいたことをご存知でしょうか?現代史に詳しい方でも、詳しく彼について知る人は少なく、世間一般にもあまり知られていない首相の1人です。その理由は首相在任期間が2か月という短さもありますが、戦後復興期には吉田茂、池田勇人、岸信介など評価が高い首相が何人もいるため、その中に埋もれてしまったとも考えられます。

首相、政治家としての評価はそこまで高くなくても思想家、経済ジャーナリストとしての評価は高く、その主張には現代の経営や経営哲学にも通じるものがあります。

石橋湛山の戦中期の主張

太平洋戦争中、日本は東南アジアの各国を次々と制圧し、植民地としていきます。こうした姿勢がアメリカなどをはじめとした連合国との対立を生み、戦争が激化していくのですが、石橋氏は日本の他国侵略、植民地拡大を強く非難します。それは平和に基づく観点からのものも含まれるのですが、当時の日本のGDPから考えると膨大な国費を投入した他国侵略は日本の財政を圧迫するという理由に基いたものでした。

当時、資源の少ない日本では、フィリピンのガス田やボルネオ島の油田を目標に侵略し領土を広げていましたが、石橋氏はこの日本の姿勢に対しても、他国の持つ資源を横取りするのではなく、資源が少ないのであれば材料を輸入し、国内で加工し、世界へ輸出する加工貿易により外貨を獲得する必要があると主張しています。彼の両親が日蓮宗の僧侶であったことから、その思想には仏教の教えが垣間見られます。

領土を拡大していく日本の政策が「大日本主義」と呼ばれていたのに対して、石橋氏の主張は「小日本主義」と呼ばれ、日本の高度成長期の大きな稼ぎ頭となる加工貿易や自動車産業の発展を予言するものとなったのです。

戦中期で言論弾圧が激しかったことは想像できると思いますが、石橋氏は防弾装備の部屋で執筆活動をするなどし、その主張を曲げることはなかったといいます。

石橋湛山とGHQ

終戦後、政治家となった石橋氏はGHQ占領下の日本で、大蔵大臣となります。

日本は終戦直後で戦後復興が最優先課題となっている中で、国家予算の多くを進駐軍の滞在費用に充てられていることに強い疑問を持ち、大蔵大臣として、進駐軍滞在費の国費負担を減らすよう進言します。このことがGHQの怒りを買い、他の要因も重なって一時議員資格をはく奪されてしまいますが、4年後に再び議員に復帰し、総理大臣にまで上り詰めることになります。

間違っていることは間違っているとはっきり主張する

石橋氏が活躍した当時の日本でも、戦争に負けたためにアメリカや連合国側に有利な占領政策を飲まされていました。多くの日本人はGHQに対して何も言えない状態だったのに対して、石橋氏は間違っているとはっきりと主張しています。

皆様の中には、医院経営をされている中で、患者様や取引先からの要望が少し無茶なものであっても、相手の機嫌を損ねないように不利益な条件を飲み込んだことのある方も少なくないのではないでしょうか?

しかしそれが続いた場合、両者の関係性が悪化することは容易に想像ができます。こうした状況を打開するためには、相手の怒りを買っても間違っていると主張する必要があるというのが石橋氏の考えだったのです。

コンプライアンスが重視されている昨今では、不正な取引を行わない姿勢が求められます。いくら立場が弱くても不正な取引をして利益を上げたことが分かれば非難の対象となってしまいます。彼のような姿勢は、現在でも経営のリスクを最小化する大きなメリットがあると言えるでしょう。

経営者として腹をくくっているか?

石橋氏は、GHQの姿勢を非難し、国会議員の資格をはく奪されても、多くの支援者のおかげで4年後に復帰します。戦中も太平洋戦争は間違った戦争だという主張を一貫して行っており、ぶれがなく、こうした向かうべき目標への一貫した姿勢が多くの人を動かしたのでしょう。

経営者として、あるべき姿とそこに向かうために、時には多くの人を敵に回す場合もあるかもしれませんが、その信念が間違っていないと確信があれば、多くの人に受け入れられ、その後に再起の機会を与えられていることを石橋湛山氏の人生から学び取ることができます。

主張をすることで身の危険が及んでも構わないという姿勢も、普通の人が真似することが出来ないものではありますが、これはあることを行うことに対して、腹をくくっているかということに言い換えることが出来ます。

高い理想と現実的な方法、間違いを論理的に指摘

このように、石橋湛山氏の生き様は、多くの人に共感を与え、今なおその功績は現代にも通じるものとして語り継がれています。

経営の現場でも、経営者として理想とする目標と現実とがかけ離れていて、実際にそこに向かって従業員を向かせようとしてもなかなかうまくいかなかったり、間違ったやり方をしていても、今までの習慣から変わっていかなかったりすることがあるでしょう。

そんな時、石橋湛山氏が戦中期に行ったことを思い出してみてください。
高い理想とそれに近づくための現実的な方法を考え、間違ったことは理論的に正し、理想とする方向へ向かわせようとした彼の姿勢は医院経営にも十分に応用できるのではないでしょうか?

執筆者:DR’S WEALTH MEDIA編集部