経済学から見えてくる、幸せに生きるヒントとは?
2019.10.09
身近ながら分かりにくい経済学を子供でも理解できるように
経済学は私たちの身近な生活に関わる重要な分野です。
かみ砕いて説明するにはある程度の専門知識が必要ですが、とっつきにくいイメージの通り、複雑で難解な学問分野でもあります。そのため、お子様など若い方に経済リテラシーをどのように伝えればよいか、悩まれるケースも多く見受けられます。その範囲を学校でまかなってくれれば一番理想的かもしれませんが、日本の公教育は経済学を伝統的に軽んじてきました。いわゆる『お金の教育』を嫌う倫理的規範や、社会経験に乏しい教員が多いなど複数の事情から、他の分野に比べ全体のリテラシーが低いままとなっているのです。
結果として、国民の多くが毎日のニュースを賑わす財政赤字や金融緩和などの経済用語を整然と理解しているかといえばそうでもありません。経済学専攻者ですら経済に詳しくない方も多いのが現状で、そうでない大半の人に至っては社会に出てから独力で身につけていることがほとんどです。特に専門が違う医療業界では、経済方面には疎いという方は少なくないのではないでしょうか。
2019年ベストセラーの経済書
今回はそんな経済分野に苦手意識をお持ちの方にお勧めの本をご紹介します。今年のベストセラーとなっている「父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。」(ヤニス・バルファキス著、関美和訳、2019)です。
本書では経済学の躓きやすい勘所がきめ細かく述べられているため、初学者はもちろんのこと、耳学問でぼんやりとした理解に留まっている方にも推奨できます。
著者のバルファキスはギリシャ元財務大臣でアテネ大学の経済学者ですので、専門家が書いた書籍と聞くと、難しいイメージがありますが、経済モデルや数式は一切登場せず、流れるような詩的なストーリーで人類の経済史が壮大に綴られています。一般向け歴史書「サピエンス全史」や一般向け哲学書「ソフィーの世界」の経済学版といっても差し支えないかもしれません。
しかもそれらの本ほど分厚くなく、2~3時間程度で読める程度のボリュームで、記述はそれほど平易ではないにせよ、高校生以上であれば十分に理解できる程度の内容です。
そのため、多少の心得がある方にとっては、数ある専門書や解説書に比べれば「それくらい知っている」という内容も多く、新しい知識を習得するという点では正直見劣りするかもしれません。
つまり、実用的な知識を得るというよりむしろ、そうした本格的な他書を読む際の前提となり得るのが本書だと言えるでしょう。
娘の素朴な疑問がきっかけに
本書は著者の娘の唐突な疑問から始まります。「どうして世の中にはこんなに格差があるのか?」という素朴な問いです。著者はシドニーで生まれ育った娘にわかりやすいよう、先住民アボリジニの住んでいたオーストラリアをイギリス人がかつて侵略した歴史的事実に対し、どうしてその逆は起き得なかったのか?という視点からその質問に答えていきます。
当時のイギリスにあってオーストラリアになかったもの、それは経済システムでした。
逆に、オーストラリアにあってイギリスになかったもの、それは豊かな自然の恵みでした。
イギリスを含む食べ物に恵まれていなかったユーラシアの多くの地域では、生き延びるために、農耕を発明する必要がありました。農耕が始まり、農耕技術の発達に伴って農作物が次第に余るようになり、管理のために共有倉庫が生まれ、貯蔵状況を記録するための文字が生まれました。
逆に、オーストラリアのように自然の恵みが豊かな場所では、畑を耕す必要はなく、自然の恵みである肉や魚、果物などはすぐに腐ってしまうため、余剰が生まれることもありませんでした。
つまり、「余剰」と「文字」によってはじめて「経済」が生まれ、それが当初は似た程度だったイギリスとオーストラリアの文明に優劣が生じたと著者は娘に説明しています。
また、なぜアフリカでは経済システムが生まれなかったのか?という疑問にも答えており、東西に長いユーラシア大陸では似通った気候風土から貨幣経済が定着したのに対し、南北に長いアフリカ大陸では気候が異なるため、ある地域で農耕経済を発展させた社会ができても、気候が違えば同じ作物は育たず、生み出した技術を他所でも生かすことができず、その仕組みが広がらなかったと説明し、こうして文明発達の差は人種ではなく地理学的な環境の差に起因すると説明しています。
経済学から幸福論へ
本書が他の経済書と違うのは、明快な論理で新たな視点や発見を与えてくれる点です。
たとえば、『ラッダイト運動』のくだりでは、労働者の怒りは破壊の対象とされた機械ではなく、実は機械を独占する一部の富裕者や、その社会の仕組みに向けられていたことに焦点を当てるなど、様々な史実を経済学の視点から紐解いています。
そしてエピローグでは読者はより本質的な問いに導かれます。
そもそもお金持ちになりたい、わが子をお金持ちにしたい、というのは誰もが望む普遍的な願いなのでしょうか?
この設問に対し、イギリスの経済学者ミルの言葉である「満足な豚になるな。不満足なソクラテスになれ」を引用し、人生の本来の目的は「幸せに生きること」だと著者は述べ、即物的なものではなく精神的な効用こそが真の快楽であり、ただ単にお金だけを得ても人生は虚しいだけだと説き、真の幸福とは満足と不満足が混在した状態だと喝破しています。
まとめ
経済学を通して生きる意味をどう捉えるか。
経済学の範疇を超えて幸福論にも迫っていることが、本書が世界中で絶賛される所以かもしれません。経済学に苦手意識があるという方は、お金の魔力に捕らわれて幸福を見失わないためのヒントが詰まったこの書籍に目を通されてみてはいかがでしょうか?