妥協は一切なしの独自製法を 大正時代から101年間守り続ける
2019.12.20
長府屋:水林 広一氏・水林 真希氏インタビュー
無農薬栽培された、大粒のそら豆、上白糖を厳選し、それを柔らかく上品な甘さに炊き上げる逸品は、お正月の食卓や引き出物、お土産として重宝され、多くのファンも持つ。
伝統のお多福豆の味を提供し続ける三代目とご息女である四代目に話を伺った。
●水林 広一 (みずばやし こういち)
1951年2月28日生まれ、熊本県出身。大学卒業後熊本県の叔父のもとで修業した後、父が東京で創業した「長府屋」を継ぐ。1918年、先々代の祖父が考案した独自の製法を守り続ける。
●水林 真希 (みずばやし まき)
1977年11月18日生まれ、東京都出身。二代目である祖父と三代目である父の背中を見ながら成長。現在、「長府屋」の若き四代目として先代を支えながら働く。
熊本から裸一貫で上京 先代の苦労と努力
水林広一氏(以下、三代目)「今、私が受け継いでいる製法は、初代にあたる祖父が大正時代に考え出したものです。当時は熊本県でお多福豆店をやっていたのですが、親戚の家族も同じくお多福豆店を経営していました。そして、二代目にあたる父は私が小学一年生の頃、祖父から受け継いだ製法で一旗揚げる為に、家族を熊本に残して単身で上京しました。私が小学四年の頃、経営がどうにか軌道に乗ってきたということで東京に私たち家族を呼び寄せ、ふたたび一緒に暮らすことができたんです。それが東京の『長府屋』の原点ですね」
三代目「今考えてみれば、父は大変な努力と苦労をしたんだと分かります。裸一貫でお多福豆を製造する技術だけを持ち、上京したんですから。頼る人もいない東京の街で、築地の珍味店を少しずつ開拓し、お多福豆店として軌道に乗せたことは本当に凄いことだと思います。ですが、当時私はまだ小学生。しかも父と遠く離れた熊本にいましたので、そんな苦労は知り得ませんでした。熊本にいた頃は叔父たちにも良くしてもらっていましたので、父親がいなくて寂しいという思いはなかったです。むしろ東京行きが決まったときは『行きたくない』と駄々をこねていましたね(笑)。ですが、やはり家族みんなで一緒に暮らせるということはうれしかったです」
三代目「大学時代にいろんなバイトを経験し、ほかの職業へのあこがれも多少ありましたが、最終的には自然とそういう流れになっていったというか…父もだんだんと年老いていきますし、私を頼ってくれることも多くなってきたんです。そんなものなのかもしれないですね、製造業の長男坊というものは(笑)」
三代目「いえ、大学を卒業後、同じくお多福豆を作っていた熊本の叔父の元へ行って修業する期間がありました。修業といっても時代が時代ですので、手取り足取り教えてくれることはなく、〝背中を見て覚えろ〟というものです。基本的な工程は継承していきますが、自分なりに少しずつ効率的になるよう工夫し変えていくというものでした。そのときに学んだ一番大切なことは『真面目に妥協せずやっていく』ということ。そうすれば、おのずとお客様に喜んでいただけます。当たり前のことだと思いがちですが、それが一番難しいんです。ちょっとでも努力を怠ると、すぐに商品である豆に出てくるものなんですよ。硬くなったり味が落ちたり…。それがお多福豆の奥深い部分だと思っています」
三代目「はい。直接的に『継ぎます』といった会話はありませんでしたが、口には出さずとも父は嬉しかったんじゃないですかね。私も父から期待されていると感じ、誇らしかったです」
早くも四代目は安泰 継承されていく技術
水林真希氏(以下、四代目)「はい、特に四代目になろうとはっきり考えたことはありませんでしたが、小さい頃から父や祖父の働きぶりを見て育ってきましたので、四代目として店を継ぐことが自然に当たり前だと思っていました」
三代目「この子は私の父からしたらかわいい孫娘ですから、それはそれは丁寧に優しくお多福豆作りを教えてあげていましたね(笑)」
四代目「私が育ったこの辺りは商店街の〝〇〇屋さんの子供〟というのが多かったので、私自身お多福豆専門店という家業も普通に受け入れていましたね。『豆屋の子供!』と友達にからかわれるのは多少恥ずかしかったですが…(笑)」
四代目「漫画やアニメの影響で獣医さんになりたいと思っていたこともありましたが、それはあくまで憧れといったものでした」
四代目「とにかく受け継いだ伝統的な製法を私の代で途絶えさせてはいけないと強く責任を感じています。大きく事業展開をしたり、ガラッと何かを変えたりというのは考えてはいません。とにかくこの味を守り続けていきたいと思っています。お客さんも昔はお年寄りが比較的多かったのですが、最近は小さなお子さんがおいしいと言って食べてくれるようになりました。そんな小さい子供たちが大人になっても買いに来てくれるようにこれからもがんばっていきたいです。しかし私にはまだ幼い娘がいるのですが、お多福豆が嫌いで…ですから私の代で終わっちゃうかもしれません(笑)」
三代目「でも、私も娘もこのお多福豆店をなんとなく世襲してきたんですから(笑)、孫もうちの血筋なら、そのうちなんとなく継いでくれるかもしれませんね」
三代目「今は昔と違って料亭なんかも減ってきているので大きな卸し口というのは少なくなってきています。ですので、できるだけ小売りに力を入れていかなければいけません。伝統的な製法は守りつつ、インターネットでの販売など、常に今の時代にコミットしていきたいですね。昔の、お客様が新規のお客様を呼んでくださる〝口コミ〟と、現代のネット上での〝口コミ〟というものはずいぶんと様変わりしましたが、そういったものも意識して続けていきたいです」
名物のお多福豆は800円から。お取り寄せも可。
詳しくはHPまで
- 【長府屋】
- http://www.chofuya.co.jp/index.html
住所:東京都豊島区千早2-24-8
電話:03-3957-5026(代)
休み:日曜日・祝祭日・年末年始