キーワードは『私にピッタリ』
2017.08.09
星野リゾートの経営論VOL.2
顧客満足度を重視すればオペレーションに負荷がかかり、業務も効率化を図ることで犠牲となるサービスが生まれる。これは、多くの企業が抱えるジレンマであり、事業の拡大に立ちはだかる大きな壁でもあります。
そして星野リゾートは、この大きな壁を超えるために『セグメント・マーケティング』を導入しました。セグメント・マーケティングとは、顧客を年齢や性別などの属性に分けて分析し、それぞれのニーズに合わせた商品・サービスを提供するというマーケティング手法です。
同社はそれぞれのニーズに合わせたベネフィット(商品・サービスから受けられるメリット)を提供し、多くの顧客からの支持を得ることで、激しい競争から抜け出してきました。ところが、提供するサービスの水準が高くなることで、この『セグメント・マーケティング』に限界を感じるようになったのです。
「このやり方では、お客様一人ひとりのニーズは分からない。お客様からすれば、『自分のニーズには近いがピッタリではない商品』を買っていることになる。もう一歩、進化させることができないか」こう考えた星野社長は『1to1マーケティング』、つまり顧客と1対1で向き合い、個別の要望に合わせたサービスを提供する手法に切り替えました。
たとえば、あるお客様が最初に訪れたときにシャンパンを持ち込んだなら、次回は頼まれる前にシャンパンクーラーを用意しておく。また、タオルを追加で頼まれたお客様には、次回はあらかじめ多めに用意しておく。あるいは、味付けの好みを聞き出し、次の食事に反映させるといった具合です。
実は、この1to1マーケティングを導入したいと考えている、または導入を試みた企業は少なくありません。しかし手間も時間もかかるため、途中で挫折するケースが多いというのが現状です。顧客プロフィールや利用状況、アンケート調査の結果など多くのデータを整理し、スタッフからお客様の声を集め、それをまとめて運用するためにシステム化するのは、簡単なことではありません。
しかし星野リゾートはそうした困難を乗り越え、ついに独自のサービス提供システムを開発したのです。同社が運営する『星のや』では、そのシステムをフル活用した結果、アンケート調査でサービスに対して『非常に満足』と答えた方は35%から50%に伸びました。さらに、リピーターのうち5割が1年以内に再び宿泊してくれるようになったというのです。
顧客が求めているのは『最高』のサービスではなく、自分にとって最適な、いうなれば『私にピッタリ』のサービスです。一人ひとりにピッタリのサービスを提供することで、星野リゾートは事業を育ててきたのです。
高級旅館やリゾートホテルのイメージが強い同社ですが、いよいよ都市型ホテルの運営を本格的に開始したようです。最近では、大阪の新今宮駅前に都市型ホテルをオープンさせることが発表され、話題となりました。
この地はあまり治安が良くないことで知られており、周囲にはゴミが散乱し、路上生活者が集まるエリアもあるような場所です。地元住民でさえ、「夜は暗くて物騒だ」と言うほどです。実際、大阪市が募集したこの地の再開発案件に応札したのは星野リゾート1社のみだったそうです。
大阪市が、2度も再開発を断念したといわれる場所です。関係者は「なぜ、わざわざこの地を選んだのか?」と首を傾げているようですが、一方で、大きな期待を寄せている方が多いというのも事実です。それは、星野リゾートが提供する『私にピッタリ』のサービスを知っているからではないでしょうか。
「あそこなら、何とかするかもしれない」不安と期待が入り混じった中で、果たして『誰』に、『どんな』サービスを提供してくれるのか。そして、新今宮駅前がどう変わるのか。このホテルの開業が、サービスが持つ可能性の大きさを教えてくれるかも知れません。
『星野リゾートの教科書』 中沢康彦 著 日経BP社