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個人開業医のための医業承継のイロハと税務上の注意点

2019.04.30

これだけは知っておきたい!個人開業医の相続・承継

個人で医院・クリニックを開業されている医師(個人開業医)の方が相続対策として考えなければならないことは二つあります。一つは「個人のプライベートな財産を如何に遺族の方の税負担を抑えて相続させるか」ということで、この点は一般の方と基本的に同じです。そしてもう一つは「開業されている医業を如何に後継者に承継させるか」ということで、個人開業医の方はこれらの二つを上手く考え合わせて相続対策を行っていく必要があります。
そこで今回は、個人開業医の方の医業承継にフォーカスして、主に税務の観点から基礎的なポイントを解説していきます。

1. 個人事業(医院)の財産はすべて相続税の課税対象!

病院を医療法人などの法人形態で営まれている場合、病院名義の建物やその敷地、医療機器といった財産はあくまで法人の所有であるため、もし病院のオーナー(社員)が亡くなられたとしてもそれらの財産(但し、既設の持分あり医療法人における社員の出資割合に応じた持分を除く)は相続税の課税対象とはなりません。
ところが、個人で医院・クリニックを営まれている場合は、その事業用財産も個人の資産に含まれるため、その方が亡くなられるとそれらの財産はすべて相続税の課税対象になります。
そこで、個人が医業を親子などの親族間で承継する場合には、これらの事業用財産についても「如何に税負担を抑えて後継者に移転させるか」ということが大きな問題になってきます。

2. 医院を相続・承継する具体的方策と注意点

相続以外で生前に財産を後継者に移転させる方法としては、主に①贈与(所有権の移転あり)、②譲渡(所有権の移転あり)、③貸借(所有権の移転なし)の3つがあります。
しかし、財産が高額になればなるほど①の方法では後継者に高い贈与税が課せられることになりますし、②の方法でも後継者に多額の資金負担を強いる可能性や時価より低い価額で譲渡すると時価との差額分は贈与とみなされて贈与税が課されてしまう恐れがあります。
そのため、生前は医院の経営のみを承継しておき、事業用財産は後継者に貸借する③の方法が税務上は最も有利になると一般的には考えられています。
つまり、先代である親は廃業し、後継者である子供が新たに開業して事業用財産を先代から貸借する形で医業を継承するということです。

この方法によれば、親はその後の医業収益による相続財産の更なる増加を抑制できるだけでなく、自身も勤務医として医院に残ることで、引き続き経営に関与・サポートすることもできます。
一方、子供は開業に際して多額の資金を準備する必要がなく、親と生計が別であれば親に支払う賃料や給与は所得税(事業所得)の計算上、必要経費に算入することができるため節税にも繋がります。
また、親と生計が同一であっても、子供が税務署に青色申告承認申請書を提出し、期限内に青色専業専従者給与に関する届出書を提出していれば、親に支払う給与(届出書に記載した金額の範囲内に限る)は同様に必要経費に算入することができます。

但し、生前はこの方法を採ったとしても所有権はまだ移転していないため、将来相続が生じた際に事業用財産が相続税の課税対象となることに変わりはありませんから、財産の種類に応じてより個別・具体的に方策を考える必要があります。

(1) 医院建物や敷地等の不動産の承継

医院の不動産は一般に他の設備等と比べて高額評価となるため、贈与税や所得税(譲渡所得)より課税価額に対する税率が相対的に低い相続税を選択した方が有利になるケースが多くなります。
従って、医院の建物や敷地は相続で移転することとし、生前は貸借する形が望ましいと考えられます。
その上で、相続に際して、医院の敷地については、親と子供の生計が同一であれば、相続税評価額を80%減額できる「小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)」を適用することで相続税を軽減できる可能性がありますので、その適用要件を満たせるように生前からしっかり準備されておくのが良いでしょう。
尚、親と子供の生計が別である場合にこの特例の適用を受けるためには、その敷地が相続開始直前まで親(被相続人)の事業の用に供されている必要がありますので、この特例適用を最優先に考えるのであれば、医院の経営は生前に承継するのではなく、不動産と合わせて相続で承継する他ありません。

(2) 医療機器等の動産や未収金等の債権の承継

医療機器等の機械・装置や備品、医薬品等のたな卸資産といった動産や未収金等の債権は、年間110万円以内であれば贈与しても贈与税はかからず、数百万円程度のものであれば贈与税もそれほど高額にはなりませんので、計画的に生前贈与(あるいは譲渡)するのが税金対策に有効であると考えられます。
しかし、高額な医療機器などは、やはり不動産と同様、相続で移転することとして生前は貸借するのが得策でしょう。
また、贈与した際は2,000万円まで贈与税がかからず、相続が生じた際に相続税で課税関係を精算する「相続時精算課税制度」を活用するという選択肢もありますが、この制度では贈与財産を贈与時の価額で評価することになるため、時間の経過とともに価値が下がるような財産を贈与する場合には適しておらず、医療機器等の動産の承継でこの制度を活用することはあまりお勧めできません。

3. 個人版事業承継税制の活用 ~新たな選択肢~

加えて、2019年度税制改正により、個人事業主が生前に事業用財産を贈与又は、相続が発生した場合の贈与税や相続税を猶予・免除する制度(個人版事業承継税制)が新たに創設されました。
この制度は、2019年1月1日から2028年12月31日までの贈与・相続などを対象とする時限措置で、一定の要件を満たせば、個人が事業に使用している特定事業用資産(土地・建物、建物以外の減価償却資産)の課税価額に対応する贈与税(又は相続税)が一定期間猶予され、更にはその猶予された税額まで免除されるというものです。

この制度を活用すれば、先のような方法に拠らなくても税負担なく事業用財産を後継者に移転することができますので、今後医業を承継する際にも非常に有効な選択肢になり得ます。
但し、この制度を活用する場合は、
 事前に承継計画を都道府県に提出して認定を受ける必要がある
 認定後は3年毎に継続届出書を税務署に提出しなければならない
など、承継前後の長期間にわたって手続きが必要となり、
 途中で要件を満たさなくなった場合は猶予税額を全額納付しなければならない
 医院の敷地については「小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)」との選択適用になる【併用不可】
など、気を付けるべき点も多いことから、実際に活用するか否かは慎重に判断しなければなりません。

4. まとめ

今回お伝えしたように、個人開業医の方は一般の相続対策のみならず、医業の承継についても生前から対策を計画的に準備・実行していく必要があります。
その際は、医院の経営状態や財産状況、また後継者との相続関係や生計の異同などによっても税務上有利な方策は変わってくるため、早い段階から顧問税理士や相続・事業承継に詳しい専門家に相談するなどして周到に計画を進められることをお勧めします。

執筆者:DR’S WEALTH MEDIA編集部
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