FINANCE

現役医師が経済合理性から考える今後のキャリアパスの選択

2019.01.06

医療をとりまく経済環境の変化、「団塊の世代」に対する対応とその後

【医療をとりまく今昔】

今から三十年ほど前、医学部に合格した私は出身高校の医学部同窓会で歓迎を受けました。久しぶりの新入会員だなぁなどと言われ嬉しかった記憶があるのと同時に、トイレに立った時にすれ違った老境にさしかかった先輩に「悪い時代に医者になったね。どうして医者を選んだの?」と言われて胸の中を冷たい風が吹き抜けたように感じたことをまざまざと思い出します。
その先輩医師は鬼籍に入られましたが、いまや都市部では医師余りが現実のものとなり、開業すれば将来安泰という時代は終わってしまいました。地域の拠点病院には間断なく救急車が入る一方、外来には患者さんが列をなし、待合室では待ち時間についての愚痴が聞こえます。診察はやむなく3分診療になることも多く、更に患者さんの不満は募ります。脳血管障害や心血管イベントで命を落とすことが少なくなった一方で、がんを患うのは国民の2人に1人、うち3分の2は助からずに命を落とす時代になりました。認知機能が低下しながらも外来化学療法に通いながら点滴するのは、国庫を傾けかねない免疫チェックポイント治療薬をはじめとした高額な抗がん剤です。
先輩医師のおっしゃった通り、悪い時代になったものです。

私が医療の現場に入った二十年ほど前でさえ状況はここまでではありませんでした。
医師は充足しているとはいえず、特に私が研修したような地方の病院では、目が回るほどの忙しさでした。それでも患者さんは短い外来の合間に「いつも大変だね。これ食べてがんばってね。」とアメなどをくれたりと、ねぎらってもらったこともありました。がん患者さんは乏しい種類の抗がん剤を使って治療されながらも「だいじょうぶだよ。先生はご飯たべたの?」とこちらを気遣ってくれながらもお亡くなりになっていったものでした。
医療の質という点では不幸な時代ではあったのかもしれません。しかし悪い時代だったとは言い切れない気もします。

【医者にとっての経済環境の変化】

つまるところ、私の医者としての仕事の充足度に関して決定な要素だったのはQOMLや薬剤の選択肢などではなく、医師患者関係だったのです。もちろん地方の病院と、その後に歩んだ大学病院やがん拠点病院などとは同列に語れないのかもしれませんが、明らかに何かが変わった気がします。それは医療をめぐる経済状況の変化と、団塊の世代が患者のボリュームゾーンになってきたこと、この二つが密接にからみあっているのだと思います。
国家支出として医療にまわるお金が天井知らずに増加していくのは人口構成図をみれば誰でもわかっていたことでした。しかし、一人ひとりの医療にかかる金額が医学の進歩とともにここまで増大するとは誰も予想しえなかったのではないでしょうか。免疫チェックポイント阻害薬(Nivolmab:オプジーボ○Rなど)はいまや多数の癌種に用いられるようになりつつあり、個人的には副作用としての激しい腸炎のマネジメントに内科医として苦慮することもしばしばです。そしてこれらの薬剤の高額かつ広い適応症は、政府及び財務省を動かして、医療の患者負担割合を増やすなどの対応だけではなく、診察料や手技料など様々なところから点数を抑えにかかってくるものと予想されます。医療経営は難しくなっていき、現在ではクリニックの財政上の理由での閉院が続出しています。かといって大病院は救急と専門医療(がん治療含む)でこちらも財務状況が悪くなっていき、医療スタッフ不足もあいまって医療経済をめぐる環境は実に厳しいと言うしかありません。

【医者にとっての「団塊の世代」】

患者さんの数は増加の一途をしばらくはたどるでしょう。団塊の世代が患者として医療機関に出入りするようになるからです。これを患者増の福音ととるか、クレーム対処などにかかる時間とリスクが高まるととるか、もちろん医療機関によって異なると思います。(一般的に言われている「団塊の世代は競争心が強く、結果として医療機関ではクレーマー的な側面を持ってしまう」という論を採って記していますが、この論について筆者は中立的な意見であることを付言しておきます)。
ご開業の先生にとっては患者増のポジティブな面と、クレーム対応(場合によっては訴訟リスクなど)のネガティブな面がある程度相殺されるのではないかと思われますが、勤務医にとっては、患者増は業務負担増、日常的なクレームについての対応と万が一訴訟になった時のリスクを考え合わせるとこれからの十数年は艱難辛苦であろうと予想されます。
勤務医にやりがいを見つけて続けられる先生以外は拠点病院で働くのが厳しい時代になると予想され、ここからの十数年を何らかの方法でやり過ごす手段を講じなければならないと思われます。筆者はこの春、正にこの先十数年をやり過ごす道に踏み出すことになるのですが、後日それをお知らせできる機会があれば幸いです。

【真に厳しいのは「団塊の世代」去りし後】

しかし、真に厳しいのは二十年後と考えます。医療経済が急激に縮小し、AIの普及も相まって恐らく医者は急激に余ってしまいます。ご開業の先生は苦しい戦いを強いられ、勤務医は労務負担こそ軽減されても、何らかの強みを持たないと生き残れない時代になることでしょう。二十年後を見据えて、自分の年齢から逆算してここからの時間をどのように過ごすかが今問われています。

執筆者:某がんセンター内科医 県境なき医師 七瀬