マネジメント

魅力的な医院を経営していくためには?

渋沢栄一の論語から学ぶ経営哲学

2017.09.13

渋沢栄一の論語から学ぶ経営哲学

開業された先生方からよく聞かれるのが、理想の医療を求めて医院やクリニックを開業したにも関わらず、開業してみると経営や運営について悩むことが多くなった、ということです。確かに開業した後、優秀な人材確保の問題や、医療機関として利益を出してもよいのか、ということに悩みを持つようになった先生方も、きっといらっしゃるのではないのでしょうか。

そんな先生方に、今回は近代経営の父と呼ばれる渋沢栄一(以下、渋沢)の「経営論語」から、人を見抜く術や、うまく人間関係を築くポイント、利益とモラルの両立についてのエッセンスをお伝えしたいと思います。

①人の真の姿を見抜く方法とは?

まず、悩ましい問題の1つであるスタッフとの人間関係について考えていきましょう。理想の医院を経営していくため、優秀な人材を確保して、自分は医療や経営に専念したい、と考える先生方も多いのではないでしょうか。

『論語』の一説に、次のようなものがあります。
「子曰く、その為すところを視、その由るところを観、その安んずるところを察すれば、人焉んぞ廋(かくさん)んや、人焉んぞ廋(かくさん)んや。(為政編)」

この一説を、渋沢は次のように解説しています。

「人を判断するとき、外見で判断するのは手っ取り早いが、人を真に知るためにはその観察法では足りない

『論語』の一説のように、視・観・察の三つをもって人を識別しなければならないというのが、孔子の教えである。」それではこの3つの「ミる」とは、具体的にどのような観察方法なのでしょうか。

渋沢によると、「視る」とは単に肉眼でその人の行動を見るだけのことで、「観る」とは外見よりもさらに一歩立ち入ってその奥に進み、肉眼のみならず心眼を開いて、その人の行動の本質や動機を見ること、そして「察る」はさらに一歩進んで、その人の安心はどこにあるのか、何に満足して暮らしているのかなどを観察することにあると説いています。

そして、その3つをもって人を観察したとき、人は真の人間性を隠すことができない、つまり必ず真の人間性にたどり着くと述べています。

例えば、優秀なスタッフが突然退職を申し出て、何が理由なのか皆目見当がつかない時、この観察法は原因を探る有効な手段となります。

スタッフの日常的な行動や言動を思い出してみるのも1つですし、スタッフの周囲の人間関係にも注意をして「視・観・察」てみると、必ず動機となる行為や、不満足の理由が見えてくるはずです。もしかすると周囲とのトラブルかもしれませんし、先生ご自身の接し方かもしれません。

いずれにしても客観的に相手を判断する、というのはとても大切なことであるのと同時に、「人を観るということは実に難しく、決して容易なことではない。人の真相を知ろうとすれば、細心の注意を払ってその人の安心する要素を観察する努力をしなければならない。」という渋沢の言葉も併せてお伝えしておきましょう。

②知らないことを知らないという勇気

『論語』の中に、このような一説があります。
「子曰く、由、汝にこれを知るを誨(おし)えんか。これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。これ知るなり。(為政編)」

これは、孔子が弟子の子路(由)に教えたように、知らないことを知らないと言い、知っていることだけを知っていると言うのが、知恵を持つもののみならず、すべての人の取るべき最善の方法である、という教えです。

渋沢はこの一説を、「実際にやってみるのは中々困難であることに気が付く。知らないことでも知っているように見せかけようとするのが、人の常である。」と残しています。渋沢のような偉業を残している人物でも、やはり「知ったかぶり」をすることがあったのですね。

しかし一方で、「知らないことを知らないというのは、道徳上ばかりでなく、処世術としてもとても便利である。知らないことをあたかも知っているかのようにふるまうのは、結局のところかえって人間関係を複雑にしているのだ。」とも伝えています。

また、「下問(かもん)を恥じず」という別の章を引用し、「知らないことは誰にでも聞く、というのは恥ずかしいことでも何でもないように思うが、実際は自分より目下の人に対して『そんなことは知っている』と言いたくなるものだ。

下問を恥じる傾向がある人には、その人に向上心がある、つまり何でも人に聞きたくない、ということでもあるので、あながち卑しむべきものでもない。しかし自らも研鑽していかなければならない。」と解説しています。

日常的にも、スタッフから「これ、知っていますか?」と言われたとき、ついつい「知っているよ」と口に出してしまっていませんか?「知らない」というのは確かに勇気が必要ですが、「知らない」と言ってみるだけで、円滑なコミュニケーションを図るきっかけとなるかもしれません。

③利益とモラルは両立するのか

最後に、医療機関を経営される先生方にとっては、切っても切り離せない話題である、「利益」についての問題についてお伝えしていきましょう。一般的には、医療機関が利益を追求することを良しとしない風潮があり、また先生方の多くは、儲けについて口にすることを憚られている方がほとんどではないでしょうか。しかし、渋沢によると、「どんな小さな企業体でも、会社を経営している以上、利益は出さねばならない」と伝えています。その根拠となるのは、やはり『論語』の一説でした。

「もし博(ひろ)く民に施して能(よ)く衆を済(すく)う有らば如何。仁と謂うべきか。子曰く、何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。(雍也編)」

『仁』については、『論語』の様々なフレーズの中で、いろいろな意味を持って何度も登場します。渋沢はここでは、「人を救うこと、博愛の精神」こそが、まさに仁であると述べています。

また、「仁というのは道徳の基本であるから、人と人とが接し、また国家を治めるにも、みな仁が基本になると考えれば、当然実業においても仁が基本となる」と説いています。

さらに、「富と貴とはこれ人の欲するところなり。」という一説を例に出し、「財産を持つことは万人が望むことだが、仁を持つ人は、決して非道な方法で財産を得ないし、財産を獲得する方法も、慎重に慎重を重ねた態度に出なければならない」と解説しています。

先生方の悩みの種である「医療行為で儲けを出してもよいのか?」という部分は、まさにこの2つの章からヒントを得ることができるのではないでしょうか。医院やクリニックを経営していくためには、最新の医療を提供するために最新機器を取り入れてみたり、院内設備の修繕を行ったりと、患者さんに安心して来院してもらえるよう、優秀な人材を確保する必要があります。

これらの費用を医療行為による利益でまかなうということは、仁、つまり博愛の精神を持って診療を行った結果得た「富」であると言い換えることができるのではないでしょうか。

『論語』で孔子が伝えようとした「仁」は、渋沢によって広い意味での「社会的責任」という言葉に置き換えられ、現代日本に伝わりました。さらに渋沢は近代日本の経営の父らしい名言を残しています。

それは、「会社は利益を追求するのは当然だが、同時にこれによって公益を追求しなければならない。」という言葉です。医療行為で得た利益というのは、患者さんを安心させ、彼らを健康にしていくことで、やがて公共の利益として還元されていくことにつながります。

近代日本の経営の礎を作った渋沢栄一。今回は一部のご紹介のみとなりましたが、渋沢の読み解く『論語』解説は、きっと先生方の経営にも役立つヒントが見つかるのではないでしょうか。

▼参考文献
「|現代語訳|経営論語 渋沢流・仕事と生き方」(ダイヤモンド社 2010年) 渋沢栄一 著/由井常彦 監修
執筆者:DR’S WEALTH MEDIA編集部
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